2016/10/26

人間文化学科より-井伏鱒二・福山中学同窓生宛未公開書簡に関する記者発表について-

人間文化学科の学長室ブログメンバー、Sです。こんにちは。

今回は、福山ゆかりの作家・井伏鱒二にまつわる貴重資料委託について、人間文化学科・青木美保教授からの報告です。

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昨年12月に、井伏鱒二の福山中学時代の同窓生宅から、本学教授青木美保の下に、井伏鱒二の同窓生宛未公開書簡162通(葉書129、封書33、大正6年~昭和40年)の調査・研究が委託されました。これは井伏が作家になる以前の空白期間を埋める貴重な資料であるため、下記の通り、記者発表いたしました。


・日時 2016年10月13日(木)14:00~

・場所 福山大学宮地茂記念館301セミナー室

・発表者 
  福山大学人間文化学部 教授 青木美保
  研究協力者 兵庫教育大学大学院 教授 前田貞昭
  福山大学非常勤講師    谷川充美

発表概要 

1、研究の経緯           福山大学人間文化学部 教授 青木美保

2、井伏文学研究上の意義   兵庫教育大学大学院 教授 前田貞昭

3、書簡内容紹介             青木美保 

4、日本近代文化史上の意義     青木美保

当日は、朝日新聞、産経新聞、山陽新聞、中国新聞、毎日新聞、読売新聞、中国情報、出版テレビ新広島、中国放送の取材があり、後日、共同通信社、NHKからの取材がありました。14日から19日の間に、それぞれ報道がなされました。



発表概要は、次の通りです。

○本学教授青木美保は、2004年から井伏鱒二の「在所もの」について実地調査を続けてきましたが、2008年に井伏疎開中の小説「鐘供養の日」(1944)のモデルとなった高田類三(井伏の福山中学の同窓生)について、息子の奎吾氏への公開聴き取り調査を行ないました(2008・7・12)。その成果は、新聞報道されると共に、報告書『井伏鱒二の小説「鐘供養の日」研究1』(2009・10 福山大学近現代文学研究室編)、福山大学主催の講演会等で公表したところです。


その奎吾氏より、青木の下に、昨年12月に、井伏鱒二の高田類三宛書簡162通の調査・研究が委託されました。その後、青木は、本学谷川充美非常勤講師、『井伏鱒二全集』(筑摩書房)の編集委員で、ふくやま文学館相談員の前田貞昭教授(兵庫教育大学大学院)と協力して、書簡162通の下読みを終え、概要を把握しました。当該書簡は、この時期のものとしては空前の規模と内実をそなえたものであり、今後これだけのものがまとまって出現することはあり得ないと思われます。

当該書簡の特徴は、高田類三が、井伏にとって文学・美術など芸術活動の同志、かつ無二の親友であったため、井伏の抱懐した芸術への夢や不安が素直に伝えられていることです。そのため、書簡の話題が文学・美術など文化全般に関するもので、井伏の文学揺籃期の文化受容を知るのみならず、備後文化史、延いては、近代日本の文化創造解明の観点からも、それが地域の若者のサロン的文化活動を現わしていることは見逃すことが出来ません。 

この書簡を研究し、井伏文学揺籃期における地域の若者の文化活動との影響関係を明らかにして、備後文化の意義を示すことを目指します。



記者発表は、発表40分、その後各社からの質問が30分、囲み取材が15分ほどあり、記者の皆さんの関心の高いことを実感しました。

報道された地域の方々や、研究者の談話を見ますと、この発表が喜んで迎えられたことが感じられ、今後の研究に一層の精進をしたいと研究メンバー一同気を引き締めているところです。今後の研究をご期待ください。

なお、この書簡の一部については、11月26日、27日に開催される「宮沢賢治学会福山セミナー・宮沢賢治の文学における視覚表現─絵と言葉が出会うところ」における研究発表で触れることにしています。

井伏は中学卒業後画家を目指していたこともあり、中学時代の友人とのサロンでは、絵を書いたり、短歌を作ったりしていた様子が伺えます。文学と絵画、興味深いテーマについてのシンポジウムにご来場ください。


※ 写真は、中国新聞エリア通信員の粟村真理子氏の提供です。


学長から一言:地道な聞き取り調査から信頼を得ての、すごい歴史的遺産の委託ですね。。。今後の研究成果と備後地域への還元に期待するところ大です!!!この方面に興味をお持ちの方、11月26日、27日の研究発表をお聞き逃しなく!!!