2017/02/07

第5回福山大学教養講座報告 『想像するちから ~チンパンジーが教えてくれた人間の心~』

こんにちは。学長室ブログメンバー、生物工学科・ワイン醸造所長の吉﨑です。
先日行われた福山大学教養講座について、グリーンサイエンス研究センター岩本教授より報告です。大変興味深い内容でしたので、長めのレポートになったようです。どうぞ!

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平成29年1月19日(木)に開催されました平成28年度最後の第5回福山大学教養講座について報告させて頂きます。講師は元京都大学霊長類研究所長で、現在は京都大学高等研究院特別教授、京都大学霊長類研究所兼任教授の 松沢 哲郎 先生です。


松沢先生は長くチンパンジーの研究をされてきたチンパンジー研究者です、と聞くと「ああ、サルの話ね。うちの地元にも猿が出る」という学生さんがいらっしゃるかもしれません。これって日本では珍しい事ではありませんが、「野生の霊長類が生息する先進国は、実は世界で日本だけ!」だそうです。北アメリカやヨーロッパには野生のサルはおらず、日本でも北海道にはサルがいません。だから北海道は欧米のような風景なのですね(冗談です! 理由は寒いから)。

私たちは生物界のトップに人間(ヒト)がいて、その下にサルがいると思っているかもしれませんが、生物学的には霊長類サル目の中にヒト科があり、ヒト科はヒト属(つまり私たち)の他にチンパンジー属、ゴリラ属、オランウータン属の四属から構成されています。みんなしっぽがありません。ヒト科の四属はサル(monkey)ではなく類人猿(ape、エイプ)と呼ばれます。昔「猿の惑星」という映画があり、その原題は“Planet of the Monkeys”ではなく“Planet of the Apes”でした。今世紀に入って進んだゲノム解析の結果、ヒトとチンパンジーはその遺伝子の98.8%が一致しており、極めて近縁種だという事がわかってきました。ちなみにチンパンジーにはボノボという同属別種がおり、チンパンジーとボノボの関係は、私たちと約2万年前に滅びたネアンデルタール人の関係に近いでしょう。こうしてみると、私たち人間は生物界の中の孤独で特別な存在ではなく、極めて近くにお隣さんが3属住んでいる、そういった生物の仲間であることが分かります。


さて、チンパンジーの研究をして何が面白いのでしょう? 「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがありますね。英語では“Every man’s neighbor is his looking-glass.” と言います。つまり、私たちによく似たチンパンジーの研究をすると、私たち人間のことがより良く分かります。これを松沢先生は「アウトグループ」と呼んでおられました。「対象を外から眺めたほうが、かえってその本質に近づきやすい。」という考え方です。
ここで先生のご講演『想像するちから ~チンパンジーが教えてくれた人間の心~』の骨子を簡単におさらいします。詳しくは同じ題名の著書(岩波書店、2011)や京都大学霊長類研究所のホームページをご覧ください。

最初の話題は教育です。チンパンジーのおとなは子どもに教えません。子どもはおとなのすることをひたすらまねして覚えます。チンパンジーの教育は教えない教育・見習う学習であるのに対して、人間の教育は教える教育で、手を添える、ほめる、うなずく、ほほえむ、認める、見守るといったところが、人間の教育の特徴であることが野生のチンパンジーを観察することによりわかったそうです。


2番目は、天才チンパンジー・アイさんのアイ・プロジェクトから見出された言葉と記憶に関する人間とチンパンジーの違いです。皆さんの中には、モニターに表示される数字や文字を一瞬のうちに記憶する天才チンパンジーの実験風景を、テレビなどでご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。チンパンジーにはもともと、モニター画面上にほんの一瞬表示された数字や文字を認識して、正確に記憶する能力が備わっています。一方、その文字や数字の意味を理解することは、チンパンジーには難しいようです。人間はというと、こういった瞬間的な記憶能力を失った代わりに言葉を獲得した、すなわち言葉と記憶はトレードオフの関係にあるという仮説を立てておられます。モニターの前で1から順番に数字を押さえて餌をもらう操作を繰り返すチンパンジーを見ていると、パソコンの前で締め切りが迫った仕事を順番にこなしてお給料をもらっている自分となんとなく似ているなと感じました。なんだか切なく、チンパンジーに共感を覚えました。

3番目は、想像するちから ― チンパンジーは絶望しない ― です。チンパンジーを使った色々な実験から、チンパンジーは「いま、そこのあるものだけを見る」のに対して、人間は「いま、そこにないことを考える」ことができる、「想像するちから」を持つのだという考えに至ったそうです。つまり、チンパンジーは「いま、ここ」の世界だけに生きているのに対して、人間は時空間的に遠く離れた場所や過去・未来を想像することができるのだと。チンパンジーは逆境でも絶望することが無く、対して人間は絶望したりくよくよと思い悩んだりする一方、未来に希望を託して生きていくこともできる。それが人間だと考えるようになったとのことでした。
先生の講演の後、学科の4年次生に感想を聞いたり感想文を書いたりしてもらったところ、「私はチンパンジーがうらやましい、チンパンジーになりたい!」という感想が数多く寄せられました。「チンパンジーの優れた短期記憶力と、逆境にもめげない折れない心が私にもほしい!」とのことです。私の研究室の学生の感想にはこうありました。「私の研究室には、チンパンジーになりたい学生と、チンパンジーのように働く先生(私のこと!)がいる。」と。別の学生は、「パソコンの前のチンパンジーを見ていて、最初先生に似ているなと思ったのですが、最後の方には先生にしか見えなくなりました。ただしスピードと正確性はチンパンジーの圧勝!」だそうです。どうやら私がモニターの前のチンパンジーに似ていると感じた学生さんは、意外にたくさんいたようです。それ以来うちの学生には、私が類人猿にしか見えてないみたいです。


最後に、今回先生と近しくお話しさせていただく機会を得てとても勉強になりました。これまで曖昧に感じていたことが、霧が晴れるようにすっきり整理して理解できるようになった部分がたくさんあります。先生の話し方はとてもゆっくりで、言葉を選びながらお話しになり、会話の間にほんの一瞬間が空きます。おそらく先生の頭の中には時空を超越した広大な認知空間が広がっており、そこを縦横無尽に飛び回って言葉を紡ぎだすのに少し時間がかかるのだろう、それが会話の間となって現れるのだろうと感じました。ふだん私たちは勉強や仕事に対して、集中して、スピーディーに、正確に、優先順位をつけて、結果に一喜一憂しない世界を目指しています。しかし、目指しているけれどもちっともうまくいかないのは、「それはそれで人間らしい世界だからではないだろうか?」。といった都合のよい解釈をしてしまうのも、人間が『想像するちから』を持つからなのではないか?と思える、とても楽しい教養講座でした。

岩本 博行(福山大学生命工学部生物工学科グリーンサイエンス研究センター


追伸 現在松沢先生は、愛知県犬山市にある日本モンキーセンターの所長を無給でお勤めになっておられます。他に、元京大総長の尾池和夫先生が理事長、現京大総長の山極壽一先生が博物館長、元京大野生動物研究センター長の伊谷原一先生が付属動物園長お務めになられるなど、日本モンキーセンターは京大の教員により運営されている一風変わった世界屈指のサル類動物園です。松沢先生からは、「ご興味の方はぜひ日本モンキーセンター 友の会」にご入会くださいとのことでした。詳しくはこちらから。



学長から一言:チンパンジーの教育は教えない教育・見習う学習であるのに対して、人間の教育は教える教育で、手を添える、ほめる、うなずく、ほほえむ、認める、見守る。。。忘れないようにしましょう!!!