5月24日・25日に、経済学部税務会計学科長の許教授と国際経済学科の萩野教授が中国山西省臨汾市にある山西師範大学を訪問し、福山大学への留学の説明や志願者面接を行いました。
その際、本学国際経済学科出身で山西師範大学の日本語教師をしている永田奏さんに会われたとのこと、永田さんのお話はとても面白く勉強になったそうですので、紹介します。
国際経済学科の卒業生は、まさに国際的に活躍していますね!
許教授と永田さん(右) |
(許)おはようございます。朝早くからお呼び立てしてすみません。
(永田さん)こちらこそ、留学生面接でお忙しいなか時間を取っていただき、ありがとうございます。
(萩野)現在、山西師範大学で日本語教師をされていますよね。なぜ、中国に来られたのか、その経緯から教えて下さい。
(永田さん)国際経済学科に中国人留学生の友人がいて、中国の話をいろいろ聞くうちに一度行ってみようと思うようになりました。私は、2003年に卒業した後、カナダに留学したのですが、それを機に、もっと世界を知りたいと思うようになったということもあります。
(萩野)留学生と話をしていて、中国が好きになったのですか?
(永田さん)いえ、そういう訳ではなくて、むしろ中国があまり好きになれなかったのです。ただ、中国人留学生とは、友人として仲良く付き合っていましたし、中国のことを何もしらないで好き嫌いを言うのは良くないだろうと思い立ち、中国行きを決めたのです。そんな軽い気持ちで来たのですが、なぜか10年も経ってしまいました。不思議なものです。
(萩野)百聞は一見にしかずということですね。それで、2006年に中国に来て、何をされたのですか?
(永田さん)上海の日本語学校で教師をしました。
(萩野)うまく教えられましたか?
(永田さん)その学校は、1年で日本語をマスターさせるスパルタ校だったので、教える方も大変でした。日々授業の準備に追われ、教科書に追いかけられる夢を毎日見ました。しまいには、胃腸の調子をおかしくしてしまい、入院しました。
(萩野)どこが悪かったのですか?
(永田さん)それが、何人もの先生に見てもらったのですが、原因はわかりませんでした。でも、2週間入院したら、なぜか治りました。ストレスが原因ですかね。
(萩野)随分野性的な感じですね。でもその後は順調に?
(永田さん)それが、そのスパルタ校が、授業料を大幅に値上げした結果、生徒が激減して経営が立ち行かなくなりました。最後には、先生もほとんど解雇されて、自分一人しか残っていませんでした。この先どうしようかと思っている時、知り合いから山西師範学校の日本語教師の働き口を紹介されたのです。渡中後、7年が経っていました。
(萩野)泥舟と一緒に沈んで行くなんて、男気がありますね。ところで、中国をあまり好きでなかった永田さんは、今、中国のことをどう思っていますか?
(永田さん)面白い、と思います。それは、中国という国が、人によって良くもなれば悪くもなるからです。私が上海にいる頃、新築の高層マンションが倒壊するという事件がありました。これは、建設業者が少しずつ材料を節約したり、手抜きをしたりしてフニャフニャの高層マンションをつくったということが原因なのですが、一部が袖の下として政府幹部に渡っていました。
中国では、こういうことが至るところで起こっていて、人をきちんと教育すれば社会全体がもっと良くなって行くのにと、歯がゆく思います。一方で、起業してどんどん新たなものを創り出して行く人もいて、ワクワクすることも多いです。
(萩野)中国語は相当上達したのではないですか?
(永田さん)生活に苦労しない程度です。実は、日本語学校の先輩から、中国語を勉強し過ぎると授業でどうしても中国語を話したくなってしまって、日本語教育のうえでは良くないと聞き、以来、中国語は耳から入ったものを真似して話すくらいにとどめています。
(萩野)意図的に力を抜くなんて、プロフェッショナルだと思います。そのノウハウ、福山大学の教員にも伝えておきます。ところで、国際経済学科では、今年からトップテンというプログラムの下、優秀な学生を海外での問題解決に押し出していくことにしたのですが、何かアドバイスを頂けませんか?
(永田さん)そうですねえ。世界には解決すべき問題がゴロゴロしていますので、積極的に取り組んで欲しいです。例えば、山西省臨汾市は、石炭産業に依存して いたのですが、大都市圏の経済圏に加わるべく、新たな産業の育成に取り組んでいます。その一つが、山西師範大学が得意とする化学産業です。
日本の化学産業は石油がベースなのですが、中国では、石炭が多く取れるので、石炭をベースにした化学産業に発展の余地があります。日本の化学メーカーがこの分野に取り組む余地はないのか、山西省に進出することはできなのか、といった課題が考えられると思います。
エコノミストでもある永田さん |
(永田さん)是非おいで下さい。私は、外国人研究員用のアパートに住んでいますが、そこに滞在しながら、じっくり企業訪問などをされると良いと思います。
公園に面した2LDKのアパートで、快適ですよ。それと、臨汾は、春秋戦国時代の晋の都・開陽があったところで、また、伝説上の最古の王国・堯の都もあったと言われていて、名所旧跡に事欠きません。
(萩野)魅力的ですねえ。一点気になるのは、山西省は内陸地なので、毎日瀬戸内海を見て生活している人間が息苦しくならないかということです。
(永田さん)自分は、生まれが佐世保の海沿いなので、海しか見てこなかったのですが、大丈夫です。ひとつには、平原が広大なので、あまり海のことは気にならないということもあるでしょうし、また、汾川という大河が近くにあるというのもあるでしょう。私は、毎日、汾川沿いを3時間以上歩いていて、大変心地良いです。
汾川沿いから見た臨汾市 |
(永田さん)勇気を出して、日本の外に踏み出して欲しいです。日本ではできない経験ができます。私としては、とにかく、面白い!と言えるような人やでき事に巡り合えることほど、幸せなことはないと思います。
学長から一言:いかにも国際経済学科!という、学長室ブログでした!!!永田さんの言葉のように、学生の皆さん、勇気を出して、日本の外に踏み出してみて!!!