2011/12/27

ちょっとした疑問―その1

学長室ブログスタッフMです。
先日、学長との懇親会がありました。総勢10名弱の和やかでとても楽しい会でした。雑談で「学長は普段何を食べていらっしゃいますか?」と、誰かがたずねました。
「豆腐、魚とか、、、あと、大量の野菜!!」
「へー。だからそんなにスマートなのですね」と、一同納得しました。
しかし、私Mは、、、、ん?!
「大量の野菜を食べているからスマート」?。あれれれ、牛は毎日大量の草(野菜?)を食べているのにあんなに太っているぞ。しかも、体には大量の脂肪があり、適度に脂ののった霜降り肉は実にうまい。また、畑を荒らしまくっているイノシシも丸々太ってみえます。
逆はどうでしょうか。
アフリカの草原を100㎞で走り、獲物を捕まえる凄い奴。チータ。体は実に細い。小さな顔、無駄のない研ぎ澄まされた体。まさにスマート。でも、チータの主たる食べ物は肉です。トラやライオンもチータほどではないけど、牛や象よりも細く見えます。
「野菜を食べると細くなり肉ばっかり食べると太る」というのは間違っているかもしれない?と思い、本学の生命工学部生物工学科佐藤 淳講師に聞いてみました。
佐藤講師は地球環境科学の博士で専門は進化遺伝学です。
ここから、佐藤 淳 先生のお話です。



人間の個人個人における体の大きさの違いと色々な動物の間の体の大きさの違いは分けて考えないといけません。生物の体の大きさには種によって限界があります。ヒトはゾウのように大きくも、ネズミのように小さくもなれないのです。

生物の体の大きさは単一の遺伝子により決定されるわけではなく、多くの遺伝子が複雑に絡み合うことで定められると考えられています。ゲノム解読が進むこの21世紀においても実は体の大きさに影響する遺伝的要因の詳細は未だに明らかではありません。もちろん遺伝とは関係のない環境(食生活など)もその種の限界を超えない程度に体の大きさを変化させます。つまり体の大きさは遺伝と環境の両面から考えなければなりません。しかし「食べ過ぎた~」と思った後に体重計に乗ると愕然とするように、環境は体の大きさに大きく影響するように思えます。ですから、学長がカロリーをお考えになり野菜を多くとられていることとスマートであることに関係がないとは言えないでしょう。大学までいつも歩かれているというカロリーの消費の点にも理由はあると思います(生命栄養の先生ヘルプ!)。



一方、異なる種間の根本的な体の大きさの違いはどうやら食生活では説明できないようです。例えばジャイアントパンダを思い浮かべてみましょう。彼らは食肉目というグループの一員であるにも関わらず竹を主食とする草食動物です。ジャイアントパンダはクマ科の親戚ですが、クマ科は基本的には雑食性で肉も草も食べます。ですので、ジャイアントパンダがクマ科の系統から分かれて独自に草食適応に至ったと考えられています。それでは食性の異なるクマの仲間とジャイアントパンダで体の大きさに違いはあるでしょうか?あまり違いがあるようには思えませんよね。ちなみに食肉類で最も小さな動物はイタチ科のイイズナですが、ネズミのトラップにかかるほどの小さな体を持ちます。しかし、ジャイアントパンダやクマとは異なり基本的に純肉食です。つまり肉を食べるか草を食べるかは基本的な体の大きさとは全く関係がないようです。
それでは何が種の体の大きさを決めているのでしょう?前述のように至近要因(遺伝、あるいは食生活の要因)は明瞭ではありません。究極要因を考えてみましょう。一つの説明としてベルクマンの法則が知られています。寒冷な地域に生息する動物(恒温動物)ほど体が大きいというものです。半径が1cm3cmの球を考えてみましょう。半径1cmの小さな球では表面積が4p cm2で、体積が4p / 3 cm3 と計算されますので体積当たりの表面積は3となります。一方、半径3cmの大きな球では表面積が36p cm2で、体積が36p cm3 と計算されますので、体積当たりの表面積は1となります。つまり大きくなればなるほど外の環境に触れる面積が小さくなるのです。よって熱が逃げにくいということになりますね。寒冷な環境では熱が逃げにくい方が良いですよね。だから寒冷な環境における生物の体は大きいのだという説明です。緯度の高い地域に生息するホッキョクグマが他のクマと比較して大きいこと、海に適応したラッコが他のイタチの仲間に比べて大きいこと、同様にクジラの仲間が近縁なカバやウシやブタなどの偶蹄類と比較して大きいことは以上の論理で説明できます。しかしながらベルクマンの法則では説明できない例もたくさんあります。例えばゾウは何故大きいのでしょうか?もしかして体が大きい方が捕食者に抵抗できたのかもしれません。ベルクマンの法則のような物理的環境だけではなく生物的環境も当然のことながら選択圧として一役買っています。一方で偶然により体の大きさが違うという説明ももちろんできるでしょう。しかし、なんとなく体の大きさには意味があるように思えてなりません。

そしてもう一つ。疑問の中にあった家畜牛の場合は自然選択ではなく人為選択が関わったと思われます。人類の歴史の中で農耕や牧畜が始まって1万年程度たつと言われています。人類は食料となる農作物や家畜において都合の良い形質を選抜してきました。例えば、乳のよく出る牛や肉質の良い牛が人為的に選ばれてきたのです。このことは家畜牛の体の大きさを決めている大きな究極要因の一つと考えられます。実は家畜牛は祖先種と比較して体が小さいことが知られています。もしかして人類の手で飼いならされたことで捕食者に対抗する必要がなくなったのかもしれません。


さて野生の動物たちを見てみると余計な肉がないように思えます。チーターを見て感じられたのもそのような印象ではないかと思います。必要以上のものは食べない。これが自然の鉄則のように感じられます。人類はどうでしょうか?農耕・牧畜の始まる1万年前より以前の人類は狩猟採集をしていました。恐らくは野生の動物と同様に体に余計な肉などなかったのではないかと思われます。農耕・牧畜が始まり、面積当たりに得られる食料が非常に多くなりました。ジャレド・ダイアモンドはその著書「銃・病原菌・鉄(倉骨彰 訳)」の中でこれを「余剰食糧」と表現しておりますが、農耕が始まったことで直接農作業に関わることのない政治家、兵士、職人などを養う余裕ができたと考察しています。ここからは私の勝手な思い込みですが、つまり、必要以上の食料を食べることの起源はここにあるのではないかと思われるわけです。つまり、人類は自分自身のカロリーを調節しなければならないという宿命を背負った唯一の動物なのです。学長は健康的なものを食べられ、そして健康的にカロリーを消費されています。これは人類に課せられた宿命に見事に対応した行動ということが言えます。私も余剰食糧に依存する一教育者として見習わなければなりません。しかし、忘年会や新年会の後に絶望的な気持ちに打ちひしがれることは想像に難くないでしょう。。。

そろそろ結論を出さなければなりません。「野菜を食べると細くなり肉ばっかり食べると太るというのは間違えているかもしれない?」という問いを投げかけていただきました。取り込むカロリーは肉の方が大きいですので以上の考えは間違いではありません。しかし基本的には太る太らないはカロリーの摂取と消費のバランスが重要と思われます。一方で、この考えを異なる種間に拡張した場合には肉ばかり食べると体が大きいという考えはどうやら間違っていそうです。



以上が佐藤 淳 先生のお話でした。よく解りました。ありがとうございました。
☆ 生物工学科のHP http://www.fukuyama-u.ac.jp/life/bio/index.html

ブログスタッフMは、素朴な疑問があれば、今後も学内の先生のお話を聞く予定です。
そういえば、あれは何故だろう?!。この疑問に答えてくれそうなのは。。。。。

それでは最後に、学長コメントです。
「私の子どもの頃は戦時中・戦後で、多くの国民は栄養失調気味で、太っている人は『重役腹』と呼ばれ、羨望の的でした。私は子どもの時からやせていて・・・要するに燃費の悪い自動車のようなものだと思うのですが・・・中学生の時のあだ名は『ソーメン』・・・悲しかったです。それが今や、スマート(『賢い』という意味でもありますよね!!)と言われるのですから・・・環境要因が激変したと言うことでしょう」